Alumni Special Interview
視点
文学部 石川 巧教授に聞く
江戸川乱歩作品が現代も受け入れられるゆえん
大正から昭和期にかけて活躍した小説家・江戸川乱歩。池袋キャンパス内に旧江戸川乱歩邸(※)があり、過去に長男の平井隆太郎氏が社会学部で教授を務めるなど、立教大学と縁の深い作家でもあります。乱歩は昨年、作家デビュー100周年を迎えましたが、作品は今なお多くの人に受け入れられています。その背景を文学部の石川巧教授に伺いました。
普遍的な魅力につながるさまざまな特徴
江戸川乱歩の作品は現代でも多くの人に愛読され、映像化や舞台化もされ続けています。その大きな要因のひとつは、彼が特定のイデオロギーや思想を表現しようとしなかったことにあると考えています。乱歩にとって時代や風俗、社会といったものは「衣装」のようなものです。作家としての活動期間は、日中戦争期、アジア・太平洋戦争期、そして戦後にわたりますが、戦時中も平和な時代にも彼は変わることなく自らの書きたいものを書こうとしました。そうした姿勢が、時代にとらわれることなく、読者を引きつける作品を生み出したのではないでしょうか。
もうひとつの要因は、乱歩が人間の「劣情」を描き出したことにあると考えます。『屋根裏の散歩者』という作品では、屋根裏から他人の生活を盗み見たいという劣情が、『人間椅子』では椅子の中に入って女性を抱きしめたいという劣情が描かれています。奇抜な着想ですが、そこには人間の闇に対する透徹した視線があります。善悪という次元とは別に、人間はそれぞれに闇を抱えているからこそ愛おしい存在であり、その特異性を容認することが個としての尊厳につながるという認識があります。
乱歩作品が幅広い年代に受け入れられている要因として、学校図書館に収蔵されている作品の存在が大き
いといえるでしょう。『怪人二十面相』シリーズが有名ですが、登場する悪役の大強盗・怪人二十面相は人を殺しませんし、流血
を見るような暴力行為もほとんどしません。そのため、学校図書館に適した本として選ばれてきました。『怪人二十面相』シリーズを読んだ子どもたちが、自分の子どもにもその面白さを伝えていく。そうした読者の世代継承が乱歩の人気を支えているのです。
果たせぬ夢がゆがんだまま具現された世界
乱歩作品を読み解く上で注目してほしい点が、作家自身と作品の持つ「逆説性」です。乱歩は鮮やかなトリックで読者を魅了する本格探偵小説を書こうとしましたが、恐怖と狂気が支配する怪奇小説が代表作となりました。また、
緻密な長編小説にも挑戦しましたが、挫折しています。『怪人二十面相』シリーズでは、名探偵・明智小五郎を主役として
目立たせようとしましたが、悪役の怪人二十面相の方が人気になりました。このように、作家自身の思いや狙いとは違った側面
から読者に受け入れられてしまったといういびつさがあります。しかし、その「果たせぬ夢がゆがんだまま具現された世界」を誠実に描くからこそ、読者は奇想天外なストーリーのなかにこの世の本質を確かめることができるのでしょう。
乱歩が作家デビューした当時は、純文学、なかでも私小説やプロレタリア文学が文学界の主役でした。しかし、乱歩を皮切りにミステリーや時代小説を書く大衆文学の作家が次々に登場し、読者の選択肢は大きく広がりました。それにより、日本の文学は尻すぼみにならず、生き延びることができたのだと考えます。そうした功績にも目を
向けながら、乱歩作品を改めて読み解いてみてはいかがでしょうか。
石川 巧
立教大学大学院文学研究科後期課程満期取得退学。
山口大学兼任講師、九州大学大学院比較社会文化研究院助教授を経て、2006年より現職。
近代文学・現代文学を幅広く研究。
江戸川乱歩記念大衆文化研究センター長を務める。
主な著書に『江戸川乱歩新世紀』(編/ 2019年)、『読む戯曲の読み方』(2022)など。