Alumni Special Interview
作家 柚木麻子さん(平16フ)
カルチャーの坩堝で育まれたまなざし。小説は静かに、強く、世界を揺さぶる
2024年に英語版が発刊されて以降、世界的なベストセラーとなっている、柚木麻子さんの小説『BUTTER』。「ブリティッシュ・ブック・アワード2025」デビュー・フィクション部門をはじめ、イギリス国内の文学賞を日本人作家として初めて3つ受賞。英国推理作家協会賞(ダガー賞)の最終候補作にもノミネートされるなど、国内外で大きな話題を呼んでいます。現在は、朝日新聞にて長編小説『あおぞら』を連載中。
大学時代は脚本家を志していたという柚木さんに、作品への思いや立教で過ごした日々について伺いました。
実感のないまま、世界の舞台へ
ずいぶん前に、「みそ屋大賞」という福井県のみそ屋さんが主催する文学賞をいただいたことがあるんです。副賞として1年間みそがもらえるというもの。正直、あまり知られていない賞ですよね(笑)。今回『BUTTER』が「ブリティッシュ・ブック・アワード」にノミネートされた時も、イギリスの書店チェーンによる「ウォーターストーンズ・ブック・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた時も、てっきりみそ屋大賞くらいの規模かと思っていたので、報道を見て本当にびっくりしました。英国推理作家協会賞(ダガー賞)翻訳小説部門でも最終候補作にノミネートされましたが、ノミネートされるまではそれがいかにすごい賞なのかあまりよく分かっていなかったです。
そもそも『BUTTER』が海外でヒットしたのも、チャプター版を簡単に訳してホチキス留めし、オークションに出したらイギリスの出版社が落札してくれたのがきっかけ。まさか、こんなに売れるなんて思っていなかったんです。
昨年から、オーサーズ・ツアーで世界を回って、海外の読者と直接お話しできる機会を得ています。どこでも歓迎してくださいましたが、『BUTTER』の描写で驚かれたのは、週刊誌編集部に女性の役職者がいないことと、主人公の体重増加について周囲が遠慮なく口にすること。前者は出版社に取材して書いた事実ですし、日本で生活していれば、どちらも「普通にあるでしょ」という感じですよね。でも、海外から見るとそれがとても特異に映るようです。「男性優位やルッキズムが色濃く残る社会で、それを皮肉った小説を書くなんて、アサコは勇気があるね」と称賛されるのですが、私としては「皮肉じゃなくて、ありのまま書いたつもりなんだけど」という感じです(笑)。
フランス文学にのめりこんだ立教での4年間
フランス文学への強い憧れがあり、文学部フランス文学科で4年間学びましたが、結局フランス語は全くできないまま。1年次の授業で「フランス語には女性名詞と男性名詞があって、それには法則がない」と聞いた瞬間、「あ、これは無理だ」と思ってしまって(笑)。けれど、日本語訳されたフランス文学は、これでもかというほど読みました。恩師の菅谷憲興先生にも「語学は全然だめだったけど、作品は本当によく読んだね」と言われましたね。
学科にはユニークな学生が多く、例えばフランスの古いドキュメンタリーが好きな人、フランス留学を経て雰囲気までフランス人のようになっていく人など、個性豊かな友人に囲まれていました。フランス語をちゃんと習得した彼女たちと一緒に、5号館の教室にずらりと並んだVHSのフランス映画を1本ずつ見ていきました。すごく楽しかった思い出です。
雑然とした街、池袋。異色のカルチャーが混ざり合って
2000年代の池袋は、今よりもっと雑多でカルチャーの熱に満ちていました。大学周辺には古本屋が点在し、そこでは古い映画のパンフレットが売られていたり。紙の香りが漂う街でしたよね。
文学や映画にたくさん触れる一方で、当時ドラマの脚本家を目指していた私は、学生時代から青山のシナリオ・センターに通っていました。月に30本くらい企画書を提出したり、2年次の時には2時間ドラマのプロットライターを経験したり。当時は黒沢清監督(昭55産)や周防正行監督(昭56フ)の影響で立教では映画業界を目指す学生が多く、ドラマの脚本家を志望していた私は少し異質だったかもしれません。阿部嘉昭先生の授業で、成瀬巳喜男監督の作品や日活ロマンポルノをひたすら見ました。いろんなところでいろんなものを吸収していたので、「黒沢清風で」と言われれば「はい!」とすぐに書けますし、「ロマンポルノ調で」と言われても「OK!」と応えられる基礎体力が付いたと思います。
池袋、そして立教は、さまざまな文化が混ざり合う場でした。『池袋ウエストゲートパーク』の舞台であり、「池袋モンパルナス」と呼ばれた時代の古本が売られ、フランス人と同じようなカルチャーを楽しむ学生たちが集い、菅谷先生や阿部先生の授業があって、5号館ではエリック・ロメール監督の映画を見ることができて―でも、エリック・ロメールを見る学生はロマンポルノを見ないし、ロマンポルノを見る学生は黒沢清を見ない。そこで広がるカルチャーには上も下もなく、それぞれの宇宙が併存していたんです。そんな多様性を許容するのが、立教のリベラルアーツの魅力だと思います。人生を豊かにする教養を育む場。それが立教であり、私の母校である恵泉女学園中高にも通じる空気がありました。
ジャッジを急がず自分の創作を信じて
放送作家になりたくて入った放送研究会にはアナウンサー志望の学生が多く在籍していて、アメリカンフットボールのリーグ戦で場内アナウンスをしたり、情報バラエティー番組の電話対応係をしたり、仲間と一緒にいろいろな活動をしていました。私が学生だった頃は、みんなのびのびと自分の夢を追いかけていました。「アナウンサーになる」「映画監督になる」「脚本家になる」なんて夢を、誰もばかにしませんでした。お互いに「絶対なれるよ」と本気で信じ合っていた。そういった雰囲気も、立教生のいいところですよね。
今もクリエイターを目指す学生は多いと思いますが、インターネットやSNS上でさまざまな価値観を持つ他者の目に触れる機会が多くなり、作品に対する評価は昔よりもずっとシビアになっていることでしょう。だからといって、自分自身に対しては、そこまでシビアになる必要はありません。むしろ、厳しい評価からこぼれ落ちたものが海外で跳ねることもある時代です。クリエイターを志す人には、自分を冷たく見すぎたり、早いうちにジャッジを下したりしないでほしい。可能性を信じて、自由に創作を続けてほしいと思います。
新潮社/2017年4月発刊
財産狙いの連続殺人で逮捕された梶井真奈子(カジマナ)。
取材に訪れた記者・町田里佳は、彼女の欲望に触れ、やがて自らも変貌していく─。
フェミニズム、ジェンダー、ルッキズム。
現代の生き方や、ゆるやかに連帯することの重要性を問う、社会派長編小説。2024年に英訳版が発刊。

1981年生まれ。東京都出身。2004年文学部フランス文学科(当時)を卒業後は
、製菓メーカー勤務などを経て、
2008年に『フォーゲットミー、ノットブルー』で第88回オール讀物新人賞を受賞。
2010年作家デビュー。
2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。
ほか作品多数。
● 取材後記
取材は、われら文学部生の本拠地、本館2階の教室で行いました。私たちが大学1年生だった2000年当時の池袋西口公園(IWGP)、立教通りの古本屋さん、5号館のVHSコーナー、それぞれが映像のように鮮明によみがえるトークに引き込まれました。ご出身の恵泉女学園と立教の共通項や、母校にはせる思いにぐっときました。西村紗智(平16教)
来るのは20年ぶりだという教室で着席されると「講義みたいですね」と口にされました。壮大な夢を堂々と語る同窓との記憶、吹き替えドラマをイメージした英会話術を再現してくださいました。豊かな表情に口調、身振り手振りは、軽快でウィットに富むコメディショーさながら。柚木さんに見えていた池袋という街と立教生の姿、海外からの日本文学評価への解釈
など、好奇心を呼び起こす手引きが詰まった、来週も受けたい一コマでした。梨本美貴(平30国営)
いずれも会報委員

fromロンドン立教会
柚木麻子さんへの祝福と応援メッセージ
このたびは、英国での複数の文学賞ご受賞、誠におめでとうございます。ロンドン立教会一同、この素晴らしいご快挙を心よりお祝い申し上げます。
『BUTTER』が英国で大きな反響を呼んでいるのは、日本文化への人気の高まりや
Polly Bartonさんによる素晴らしい翻訳に加え、英国社会が抱えるジェンダーやメンタルヘルスの課題と作品が共鳴したことが大きな理由だと感じています。日本文化になじみのない国でも、新聞や書店での特集、読書会の開催などを通じて広く祝福されていることを大変喜ばしく思います。
これからも、日本の現代社会を舞台にした作品を通して、世界の読者の心に深く響くような作品を創り続けてくださることを、心より応援しております。

文/WAVE 写真/木内和美