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Alumni Special Interview 

味の素株式会社
栗原 秀文さん(平11産)

「対応力」を武器に前人未到のプロジェクトに挑む。

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味の素株式会社といえば、多くの人がその名を知る食品メーカー。同社は2003年から(公財)日本オリンピック委員会(JOC)と共同でトップアスリートを支える「ビクトリープロジェクト®」に取り組んでいます。2004年に参画し、チームリーダー・サポートディレクターを務める栗原秀文さんに、プロジェクトの概要、立教時代の思い出、今後の展望などを伺いました。

栄養面でアスリートの支えに

 味の素株式会社が推進する「ビクトリープロジェクト®」でチームリーダー・サポートディレクターを務めています。このプロジェクトはアスリートを栄養面からサポートし、最大限のパフォーマンスを引き出すというもの。フィギュアスケートの羽生結弦選手や、柔道の阿部一二三選手・詩選手、水泳の入江陵介選手をはじめ、多くの選手をサポートしてきました。プロジェクトの強みは、選手個人に合わせた栄養指導にあります。「勝ち飯®」と呼ばれるアスリート向けの食事プログラムを開発し、一人ひとりの体格、トレーニング内容、コンディション、食の好みなどに即した支援を行っています。

立教で得た人生を切り拓く力

 野球少年だった私は東京六大学野球のリーグ戦出場を夢見て立教中学校に進学。その後、高校・大学と多感な時期を立教で過ごしました。自由な校風、親身になってくださる先生方、仲の良い友人たちとの日々。その中で自然と観察力やコミュニケーション力、行動力といった幅広い素養が培われました。一言にまとめるなら、さまざまな人や物事、シチュエーションに応じて柔軟に自分を合わせていける「対応力」とでも言うのでしょうか。これは多くの方々と関係を築き、選手一人ひとりと向き合う今の仕事でも、大いに役立っています。
 また、当時の友人や卒業後に得た立教出身者とのつながりも、現在の私の大きな支えとなっています。中でもある友人の存在は、私の会社員人生をがらりと変えてくれました。中学校から大学まで共に立教で過ごし、就職先も同じ味の素㈱である彼が、入社して一年経とうかというときにこんな話をしてくれたのです。「海外での事業経営を目標とし、必要な知識、経験、人脈を得るために会社勤めをしている知人がいる。いろいろな生き方があるね」と。それまで「会社員=会社に尽くす」というイメージを抱いていた私にとって「企業勤めでありながら、自分の夢のために仕事をする人がいる」というのは衝撃的でした。私も同じような働き方ができないだろうか――。そこから、味の素㈱での奮闘が始まります。

東京―愛知を年間30往復自主的な取り組みが功を奏す

 先述の友人から聞いた話を受け「私が味の素㈱で叶えられる夢とは何だろう」と自問すること数日間。思い浮かんだのは、長年親しんできた野球、スポーツの経験と味の素㈱ならではの栄養の知見・技術を掛け合わせ、ビジネスに生かすことでした。
 夢を叶える具体的な方法として注目したのは、当時テスト販売を始めたばかりの「アミノバイタル®」(スポーツ用サプリメント)の事業です。味の素㈱は食品に使われるもの以外に医療(輸液)用のアミノ酸も扱っており、世界のトップシェアを誇っていました。さらなる消費者層の開拓に向け、スポーツの世界にも味の素㈱のアミノ酸を普及させようとして生まれたのがこの商品でした。販路拡大には、まず多くのスポーツ関係者に知ってもらうことが重要。そう考え、手始めに当時の勤務地・居住地であった愛知県から、球界関係者の集まる東京の明治神宮球場に週 末を利用して通うことにしました(気づけば年間30回、単純平均で毎月2~3回は通っていました)。メインの業務は他の商品の営業であり、あくまで自主的な取り組みとして行っていたのですが、負担感よりも「好きなことをやれている」という充実感の方が勝っていました。こうした努力が実を結び、いつしか多くの球界関係者と面識を持つように。立教時代の人脈も生かしてイベントの場でアミノ酸や「アミノバイタル®」について講話する機会を得たこともあります。徐々に社内でも自分のチャレンジを知ってくださる方が増えていきました。

スポーツ×栄養努力が生んだ知見が後のプロジェクトの礎に

 多くの方に味の素㈱の社員として接していくうち、栄養についても頻繁に聞かれるようになりました。社内でその答えを管理栄養士に尋ねるのですが、すぐには返ってきません。スポーツに求められる栄養の知識は彼らも日頃の業務では扱わないため、改めて調べるのに時間がかかってしまうのです。そこで、自分で勉強することにしました。社内には専門的な知識を持つ社員が多くいますが、スポーツに関する栄養学なら誰にも負けないという確信がありました。この知識はのちの「ビクトリープロジェクト®」でも役立っています。

唯一無二の発想で変革をもたらす

 「ビクトリープロジェクト®」には2004年から参画。本来は選手のサポートを通して「アミノバイタル®」を知ってもらおうというこのプロジェクトを、選手を栄養面からサポートする取り組みに変えたのです。プロジェクトの目的を見直したことで味の素㈱の名は広くスポーツ界に知れわたり「ぜひうちの選手の栄養指導もお願いしたい」と多くの引き合いをいただくようになりました。
 また、プロジェクトに独自の強みを持たせられるようになったのは、同じ競技の選手で体格や練習内容なども近いのに、摂取・消費カロリー量に個人差があると気づいてからです。ていねいに選手一人ひとりに話を聞いてみると、幼少期からの食事体験の違いが浮き彫りになってきました。10年、20年と積み重ねてきた食環境の違いが、選手間の個人差を生んでいるのです。この事実が分かってからは、以前にも増して選手個人と向き合い、各々に合った栄 養指導を実践するようになりました。
 日々新たな挑戦を重ね、それらが奏功して多くの選手をサポートできるようになり、大変うれしく思っています。「ビクトリープロジェククト®」をはじめとした味の素㈱の取り組みが、今後ますます社会に広がっていけば、社員がもっと仕事に誇りを持てるようになる。それも目指していることの一つです。

パリ五輪の先に見据える未来

 20年近く「ビクトリープロジェクト®」に携わる中で選手から学んだことは多くあります。その一つが、世界大会の場では「他国の選手と互いに応援し合い、己のパフォーマンスに全力を尽くす」雰囲気があるということ。私自身は「日本のために、日本選手をサポートする」という視点でしか考えていなかったので、こうした選手たちの行動に、はっとさせられました。この考え方でプロジェクトに取り組めば、より多くの選手をサポートでき、世界中に健康や幸福を届けられる。視界が開けた気がしました。また、部下や後輩たちにも私が得たような経験を積んでほしいと、強く願うようになりました。

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最も印象深く大切な写真。スピードスケート小林正暢選手と。

 直近の目標は、このパリ五輪で日本選手の活躍を見届けること。「ビクトリープロジェクト®」が大きくなる前から支えてきた選手の多くが、アスリートとしての節目を迎えます。彼らだけでなく私にとっても集大成と言える大会なので、今から楽しみで仕方ありません。その後は、会社のさらなる世界進出や後進の育成にも注力していきま す。夢は尽きないですね。
文/ WAVE 写真/舛田豊明

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栗原 秀文(くりはら ひでふみ)
味の素株式会社「ビクトリープロジェクト®」
チームリーダー・サポートディレクター。
東京都生まれ。立教中学校、立教高等学校を経て
立教大学社会学部産業関係学科(現・経 営学部)に入学。
1999年同卒業後、味の素株式会社に入社。
営業職や「アミノバイタル®」 の事業担当を経て、
2004年から「ビクトリープロジェクト®」に参画。

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