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Alumni Special Interview

研究室を訪ねて
奇二 正彦先生 スポーツウエルネス学部スポーツウエルネス学科 准教授

金子明雄先生

立教大学文学部史学科卒業後、ニュージーランドのアートスクール、動物カメラマンの助手、 環境教育系NPO、環境コンサルティング会社などを経て、本学コミュニティ福祉学研究科コミュニティ福祉学専攻博士課程後期課程修了。博士(スポーツウエルネス学)。2023年新設の「スポーツウエルネス学部」准教授に就任。


 今年度新設された「スポーツウエルネス学部」の奇二正彦准教授は、本学文学部史学科を卒業後、さまざまな職業を経て45歳で本学コミュニティ福祉学研究科の博士課程を修了した、少々珍しい経歴を持っている校 友です。



●大学で人生最初の挫折を経験しました

 もともと歴史が好きで史学科を志望していたので立教大学文学部史学科に入学しました。ところが入学してみると大学には全くなじめず、好きな授業以外は欠席。卒業したら就職して家庭をもってといった、世間で一般的と言われるルートにも「自分はなじめないだろう」と感じていました。スキーに行ったり旅をしたり、山に登ったりの日々の中で、文化人類学の先生がしてくださったチベットの砂絵の話をよく覚えています。欧米のアートは後世に伝えられ価値を認められたものである一方で、砂絵は宗教画なので儀式が終わったら風や水で流されてしまいます。残すことよりも描いているときの宗教体験そのものが大事なのだというのです。「自分にとって大切なのは結果 (作品)ではなく、その過程かもしれない。非常に狭い価値観に縛られたルートの外には、きっと別の世界観があるはずだ」と気付かされたこの体験が、その後の人生を決めていくきっかけとなりました。
 カナダにユーコン川という川があります。大学4年生のときに仲間6人と2週間近くかけてカナディアンカヌーで旅をしました。カヌーを川岸に止めると、大概グリズリー(アメリカヒグマ)の足跡を見つけます。自分の手すら見えない真の闇の中、ガイドは猟銃と猟犬で何かを追い払い、コヨーテやフクロウ、夜行性の動物たちは始終ガサゴソと音を立てる。とても怖くて眠れません。それでも数日経つと、オーロラや星空がすごいとか、少しずつ慣れてきて。ふかふかのコケの上に張ったテントでの寝心地は最高です。あれは強烈な体験でしたね。
 このカヌーの旅に誘ってくださったのが、本学の濁川(にごりかわ)孝志名誉教授(2020年退官)でした。大学2年で受けた学外体育のスキーの授業をきっかけに親しくしていただき、先生が山に行かれれば山に、カナダに行けばカナダにと、ついて周っていました。辞める寸前だった大学に、ギリギリつなぎ止めてくださったのは濁川先生です。
 そしてもう1人、私に大きな影響を与えたのは父でした。父は立命館大学の山岳部に所属し冬山の訓練中に滑落。大けがを負ったために登山家をあきらめ、教員になったという経歴の持ち主です。山登りやキャンプ、スキーからサバイバルチックなことまで教えてもらいました。学歴とかお金にはつながりませんでしたがある種の英才教育です(笑)。この体験が、そのまま自分の価値観として根付いていたのでしょう。中学入学以降は、テニスとかお笑いとか恋愛とか、普通の男子が通る道を歩くようになって忘れていましたが、カナダでカヌーを漕いでいるうち、過去の自分を思い出してしまったのです。

奇二先生
「人生で大切にしていた3つのキーワードが重なり、今の自分がある」と話す奇二先生

●次々と変えた仕事がひとつの線につながって

 就活が迫ってきた頃には八方塞がりに陥って、生まれて初めて、自分のアイデンティティーについて考えました。記憶を辿り、自分の喜怒哀楽を全部書き出してみたところ、「楽しい」と感じたことは「自然」と「アート」と何か伝えること、つまり「教育」。この3つのキーワードでつながっていることに気づきました。自分は今後、この3つに関っていられれば、お金や地位、名誉と無縁でも楽しく生きられるだろうと漠然と自覚しました。
 結局、就活はせず5年かけて大学を卒業した後は地元で1年間アルバイトをしてニュージーランドのアートスクールに通ったのですが、見事に挫折。父の健康状態悪化に伴い帰国して看取りました。いよいよ観念して就活を始め、大学の就職部で紹介された会社から内定をもらったのが、26歳の5月です。ところが入社は翌年の4月。書店で偶然手にした『自然を相手にする仕事』という本で「インタープリター(自然学校やエコツアーなどで自然の大切さや素晴らしさを参加者に伝える人)」という仕事を知ったのです。問い合わせ先に片っ端から電話して、翌日には大阪で養成講座を受けていました(笑)。22年に本学を退官された社会学部名誉教授の阿部治先生や、公益社団法人日本環境教育フォーラム(JEEF)設立者の川嶋直さんなど、日本の環境教育のパイオニアの方々が講師をされており、受講後すぐに就職の内定は辞退。環境教育系NPOでインタープリターとしてのキャリアをスタートさせました。
 その後は動物カメラマンの平野伸明さんの助手を2〜3年、そして『愛・地球博(05年)』のパビリオンのデザインや企画に関わり、その後はフリーの展示デザイナーや環境コンサルの社員として、企業が促進する「CSR(企業の社会的責任)」のアドバイザー的な仕事をしました。これらの経験は、まさにスティーブ・ジョブズが語った「コネクティング・ザ・ドッツ(注)」ともいうべきもの。一見、バラバラに点在していた「自然」、「教育」、「アート」という3つのキーワードが、自分の人生において見事に重なっていったのです。
 その一方で、本学コミュニティ福祉学研究科にいらした濁川先生のご推薦で立教大学のキャンプやスキーなどの授業をサポートすることになりました。自分の人生を改めて振り返ってみたのは、40歳になるころです。それまで綱渡りのような人生を歩んできて、他人からは行き当たりばったりに見えるけれど、自分の中には損得に左右されない価値観が確かにあって、それに突き動かされて動いてきた。「あれは何だったのでしょう」と濁川先生にお話をしたところ、「それはスピリチュアリティだ」と。海外では「自分はなぜ生きているのか」、「生まれてきた意味は?」といった実存的な悩みを「スピリチュアルペイン」と呼び、「スピリチュアルケア」に関する研究が進んでいます。対象は末期がん患者などですが、「スピリチュアルペイン」は体や心の痛みと共に、誰もが抱えている問題なのです。今まで私を突き動かしてきたもの、常に探し求めていたものが学問として研究されていることを知って、それまでの仕事を半減させて大学院に通いました。幸運にも博士課程を修了したところで新学部構想が持ち上がり「スポーツウエルネス学部」ができました。本当に何という巡り合わせなのかと思います。

(注)2005年6月12日に、Appleの創業者スティーブ・ジョブズ氏がスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチより。「コネクティング ザ ドッツ」とは直訳すると「点と点をつなぐ」という意味。「過去何かに没頭したことはいつか何かにつながる」というジョブズ氏のメッセージが込められている

奇二先生
三重県いなべ市の国定公園で、冬の森をガイド中の奇二先生

●「スポーツウエルネス」が実現可能なこと

 「スポーツウエルネス学部」ではアスリートを育てるだけではなく、QOL(生活の質)やウエルネス(よりよく生きるための生活を目指すこと)、ウェルビーイング(その人にとって充実した状態)を醸成するスポーツや、障がい者スポーツ、野外体験や自然体験などを広く含みます。私は今、自分が大学生だったころに「こんな先生がいたらな」と思っていた教師像を実践しています。ゼミのテーマは2つ。自然体験と健康との関係、そしてサステナブル社会の構築です。前者は自分の人生を豊かにする1つの方法として、自然・野外体験、アウトドアスポーツを人生に取り入れていくかが課題。現代社会に生きる私たちは、謙虚な気持ちで宇宙や大自然に触れ、野生の命と肉薄するような機会をほとんど失っています。今後、自分の人生を豊かにすることとともに、自分が所属している社会や地球にとって、サステナブル(持続することができる)ではないことを減らし、増やしていく活動を同時並行的に行う必要があると考えています。こうした研究を発展させ、サステナブルなウエルネス社会の構築に必要なカウンセリング手法やプログラム開発に寄与できればと考えています。
文/河西真紀 撮影/増本幸司


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