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Alumni Special Interview

研究室を訪ねて
金子 明雄先生 文学部 文学科日本文学専修 教授

金子明雄先生

1983年立教大学社会学部社会学科卒業。86年、同大学院社会学研究科 応用社会学専攻を修了し、91年に文学研究科 日本文学専攻にて博士課程を修了。91年4月から99年3月まで流通経済大学社会学部で講師・助教授を務め、99年4月から2015年3月まで日本大学文理学部で助教授・教授を歴任。15年4月より立教大学文学部文学科の教授に着任。23年4月より文学部長に就任予定。


文学部文学科の金子明雄教授は、立教高校から本学社会学部を経て、文学研究科の博士課程を修了という少し変わった経歴をお持ちの校友です。



●自由なカリキュラムに惹かれ社会学部に進学

  立教高校の出身なので、そのまま内部進学をしました。当時の社会学部は驚くほど自由で、卒業までに履修しなければならない専門科目のうち、かなりの程度まで社会学部に限らずどこの学部の科目を取ってもいいという仕組みでした。いろいろな専門科目を学べるカリキュラムがとても面白そうだと思ったのが学部選択の大きな理由です。文化全般に興味があったので文学部の前田愛先生や、法学部の栗原彬先生の政治社会学の授業を受けていましたよ。そこそこ真面目に勉強しつつ、仲間とポピュラーミュージックを文化的要素として捉えたミニコミ誌を作ったりしていました。社会学は自由な学問で、興味のあることを自分なりに取り入れられるのがいいところでした。
  もう少し勉強したいな、と社会学の大学院に進学し、修士課程では戦後の日本文学を素材にして、今ここにはない社会を人々がイメージするのに、どのような時間の意識や現実社会との関係性を想定するかなど、いわゆるユートピア思想を分析して論文を書きました。研究素材が文学だったことから、博士課程では文学研究科に進んだほうがいいんじゃないかという助言もあり、そちらに移ったんです。その後は流通経済大学や日本大学で教えながら日本文学の研究を進め、2015年に教授として立教大学に戻りました。

●明治の文学だってポップな若者文化

  現在主に研究しているのは文学作品における表現の形式や仕組み、言葉から意味をくみ取るメカニズムなどを理論的に見ていく、というのが1つ。もう1つは、ポピュラーカルチャーとしての文学について。例えば明治の文学なんてほとんど若者文化なんです。当時の若者が「海外ではこんなものが流行ってるんだ」と発見して自分たちでもやれないかと模索し、新しい世代や方向性が次々に出てくる。そこにあるものを自分たちなりに使って楽しむ、今日なら二次創作などと呼ばれるポピュラーカルチャーの要素も明治からあったんです。また文学は当時の流行との関わりがあったり、文学作品としての評価とは別に、人々の共感を得てベストセラーになったりする。メディアの現象とつながっている面があるんです。そういう通俗的な作品は従来の文学研究の領域では研究しにくいし、忘れ去られていたりするんですね。そのあたりの研究と従来の文学研究の接点を探るのも興味の対象です。これまで明治・大正期の作品を主な研究対象にしているのは、その時代だとまだ系譜的なものが追いやすいからなんです。昭和の戦前ぐらいになると形式的にも素材や題材の面でも、何でもありの状態が整ってしまい、系統立てた研究がしにくい。明治・大正期はいろいろな要素の関係がイメージしやすく、社会学からスタートした自分の研究スタイルに合っている、ということでしょうか。
  文学作品を読むって実はとても能動的な行為なんです。映画や漫画、アニメなど視聴覚的なメディアは、出来上がっている作品を受容する受動的な面が強いのですが、文学は文字だけですから空白の部分がたくさんあって、それを読み手がその世界に入り込み、積極的に埋める作業をしないと意味が出てこないんです。まどろっこしい行為ではありますが、その分文字の世界に読者が入り込むと、日常生活ではできないような体験……たとえば犯罪や倫理的にまずい行為であっても、リアルに自分のこととして追体験できる。あるいは他人の立場に立ってものを考える、他人を尊重するという行為も、現実世界のシミュレーションとして経験できる。これは文学の大きな魅力であり、特徴でもあると思います。
金子先生

「どんな形でも“体験”は大切です。さまざまな形で文学に触れて、興味を持ってもらいたい」と話す金子先生

●アプローチは変わっても、好きになってくれればいい

  今の若い人は昔みたいな文学青年は少なくて、『文豪とアルケミスト』のようなゲームやアニメから入ったり、スマホやタブレットで読むなど、私が教員を始めた30年ほど前とは文学に対するアプローチが大きく変わっていますね。文学全体が好き、というより作家がキャラクター化していて“この作家が好き”とピンポイントで好きになり、その作家に関わることは何でも知りたいとか、グッズを集めたり。いわばオタク化している面もあります。ただ先述のように、文学はポピュラーカルチャーであり、すでにある素材を自分なりにカスタマイズして楽しむ側面がある。ですからアニメやライトノベルなどその時々に流行っているものにのめり込んで、それをきっかけに文学が好きになるならそれでいいと思います。
  23年の4月からは文学部の学部長に就任するのですが、文学部は立教のリベラルアーツ教育に直結する中身を持った学部だと思います。文学系の専修も多いし史学や教育学、キリスト教学など多くの学科があります。これらの多様性をどれだけ生かせるかがポイントになると思っています。

●野球部の選手からはいつも元気と刺激をもらっている

  21年度からは体育会野球部の部長も務めています。部員の多くは幼少期から野球に打ち込み、高校時代にある程度の成績を上げて入ってきたわけで、一般の学生とは少し違う貴重な経験値を持っている。野球に限らず多様なバックグラウンドを持つ学生が集まったほうが大学は活性化していくと思うので、ほかの学生を含めて思いの共有ができる場所や機会が広がればと思っています。野球の技術は監督やほかの指導者が教えるので、教員としては立教生としての学びも忘れずやってもらい、大学生活のさまざまな場面で少しでも将来に役立つことを身に着けてもらう。そのサポートをするのが私の役目と思っています。東京六大学野球のリーグ戦では大学の代表として神宮球場のベンチにも入りますし、学業が思わしくない部員がいたら、少しでもいい方向に向かう道を示すべく面談をすることもあります。
  秋に行われたプロ野球ドラフト会議では荘司康誠選手が東北楽天ゴールデンイーグルスから1位指名を受けました。プロ野球を目指している部員もある中、けがに苦しみながらも努力と工夫を続け、夢を実現させた先輩が出ることは励みになります。もちろん頑張ったからといって必ずしも結果が出るわけではありませんが、それも1つの人生で、そういうことも含めて学びですよね。卒業後は社会人として野球を続ける者もありますが、多くの部員は野球から離れて社会人としての道を歩むことになります。全員をどのような道に進んでも大丈夫にするのが、大切な使命だと思っています。一生懸命1つのことに打ち込み、真面目に頑張っている彼らを見ていると、こちらも明るい気持ちになるし、頼もしいなと感じます。「自分も頑張らなきゃ」と思わせてくれます。私自身も研究人生の残り時間が見えてきたころですし、今後は今までの研究をまとめると同時に、探偵小説を含め大衆文学研究と従来の文学研究を理論的・方法論的にどう接続させるかといった、新しい領域の研究に取り組みたいと思っています。
文/野岸泰之 撮影/増元幸司


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