Alumni Special Interview
研究室を訪ねて
観光学部 橋本俊哉先生
観光学部の橋本俊哉先生は、1985年に社会学部観光学科(観光学部の前身)を卒業された校友です。以来、東京工業大学の博士後期課程で学んだ時期以外は、一貫して立教の“観光”に携わってこられました。
進学は旅好きの父の影響
父親が旅行好きだったので、子供の頃から夏休みや秋などに家族旅行をするのが恒例で、毎年いろいろな場所に連れて行ってもらいました。特に印象に残っているのは西伊豆ですね。海のない埼玉県で生まれ育ったこともあり、海に夕日が沈む雄大な光景にはとても感動しました。大学進学の際、何を学ぼうかと考えた時に観光学を選んだのは、「どの大学でも学べる学部ではなく特色ある学問」を学びたいと思ったという面もあります。やはり幼少から旅に親しんできたことが大きかったのかな、と思っています。
研究の原点は学生時代のアルバイトから
長野と新潟両県にまたがる斑尾高原で叔父がペンションを経営していたので、大学1年から4年まで、夏休みと冬休みはそこでアルバイトをしていたんです。休憩時間にはスキーやテニスを楽しんだりもしましたが、基本的にずっと忙しかったですね。しかしここでサービスや接客についてはもちろん、どうすれば人を幸せにできるかを学ぶことができたし、夜な夜なお客さんと話すことで、貴重な経験を積むことができました。今思えば観光地で人と接し、その行動を見ることが結果的にフィールドワークになっていたのかもしれません。ごく自然に観光で訪れた人の行動や心理に興味が生じ、卒論のテーマは「人はなぜ観光地でごみを捨てるのか」で、観光地の美化を人間のゴミ捨て心理から考察するというものでした。その後、今にいたるまで私の研究テーマは「自然観光の心理的効果」や「観光行動研究」で、近年は特に人間の五感と観光の関係性を研究しているんですが、ベースとなったのはこの学生時代の体験かなと思います。
その後立教の修士課程で応用社会学、東京工業大学の博士課程で社会工学を専攻しました。なぜ理系にと思われるかもしれませんが、東工大は工学の視点から観光研究を行ってきた伝統があるんです。都市計画や地域計画の面から観光を研究していた先生がおられ、私はそこで人の行動を踏まえた観光地計画など、ソフト面のプランニングを研究しました。ここで非常に視野を広げることができ、その後の研究にも大いに役立ったと思います。
観光は人を幸せにする。それが学問の原動力に
私の主たる研究テーマは大きく言うと人間の観光行動です。人は3日前に何を食べたかは忘れても、半年前の旅先での食事は鮮明に覚えていたりする。今の学生になぜ観光学部を選んだのかを聞くと、「子供の頃の家族旅行や修学旅行など、困ったときに旅先でとても親切にしてもらいすごく嬉しかった。今度は自分が提供する側に回り、観光業で人を幸せにしたい」という動機が少なくなかったんです。たった1度の経験や出会いが人を幸せにし、安心感を与え、時には人生をも左右するんですね。そんな経験をした学生が観光を学び、やがて社会に出て人々を幸せにする。その教育に携われるのにはやりがいを感じますね。
また、世界中をフィールドに視野の広い研究ができるというのも観光学の大きな魅力です。観光学部ではさまざまな観光関連事業で働く人を講師に招いて講座を開設するなど、魅力あるカリキュラムを組んでいます。立教の観光学部は「ぜひここで学びたい」と第一志望にする学生の割り合いが非常に高いんですよ。
震災からの復興を観光面で記録し、サポート
東日本大震災以降、毎年ゼミ学生の有志と岩手県の宮古市と福島県の磐梯山地域で震災復興調査を行っているんです。宮古では文教大学や現地のパートナーと協力して復興のサポート、磐梯山地域では風評被害の影響や対策から始めて、エコツアーも企画運営してきました。昨年は新型コロナの影響で行けませんでしたが、学生を孫のようにかわいがってくれて、毎年心待ちにしてくれる住民も多いんです。観光が災害からの復興にどう役立つのかを調べ、記録する活動を通して、外から来た人との交流がいかに被災した人の心の支えとして重要であるかを実感しています。
コロナ後の観光は大きな変革を求められる
よく「自然災害は時計の針を進める」と言われます。災害によって社会の諸問題が顕在化し、災害前からの計画が加速するんです。その様子は「K」の字に例えられる。つまり、上向きだったものはますます上り調子に、衰退傾向だったものはガクンと落ち込んでしまう。今回のコロナ禍でも似たような傾向があって、観光産業では新しいビジネスの方向性を見出せるところとそうでないところの差がはっきりと出てくるでしょうね。ワクチン接種が進むにつれて観光行動は急ピッチで回復していくと予測しますが、まずは安心感のある近場を訪れる人が増えるでしょう。それとともに、行ったことのある観光地や旅館へと足が向くでしょう。これは安心感があることに加え、なじみの観光地や宿を応援したい、という思いが働くからです。常連客を大切にして顧客を多く抱えている旅館やホテルほど回復が早い、というのは東日本大震災の被災地でもデータとして表れているんですね。さらに海外旅行の代替地として北海道や沖縄を訪れる人が増えると思います。
コロナ後の観光地は安心・安全な対策を講じるのは当然として、地域の強みや課題を見つめ直し、その土地ならではの体験や地元住民との交流などで付加価値を高める「量より質」の施策が求められるでしょう。観光地が質の高いサービスを提供することはもちろんですが、訪れる客側にもその内容や意味をきちんと理解するだけの素養や教養が求められる時代になるのではないでしょうか。その意味では、リベラルアーツ教育を重視する立教の卒業生は、観光産業に就くのも適していると思いますし、訪れる側になっても、素晴らしいお客さんになれますね。
(取材/野岸泰之 撮影/増元幸司)